蟹漬(がんづけ) ってなんだろう

有明海に自生するシオマネキを手作業で捕まえ、塩で熟成させた珍味・蟹漬。
がんづけ、がんつけ、がねづけ・・・色々な呼ばれ方があります。
ちょっと驚くほどの塩味と少量を口に含んでも蟹の強いコクを感じられることから、主にご飯のおかずやお酒のアテとして食卓に位置してきました。
かつては農作業の際の塩分補給にも使われていたと聞きます。

原料になっているのは有明海の豊かな干潟に暮らすカニの一種であるシオマネキ。
すばしこいシオマネキは捕まえるのが大変なだけでなく、捕ることができるのは7月~10月と限られた期間。さらに干潮と日照のふたつの条件が重なる短い時間帯しか「カニ捕り」に適しません。
炎天下で遮蔽物もない干潟でカニを探して回るのは大変な仕事です。

捕まえてきたカニの処理もまた重労働です。
消化器に残る泥の洗浄と、肛門~消化器の一部を手作業で除去して臭みを取り除きます。そこに塩を加えながら石臼と杵で身全体をすり潰し、最低でも2ヶ月以上の熟成工程を経たのち調味を加えて製品とします。
カニを塩漬けにする同種の珍味は万葉集でも歌われており、そこからすると飛鳥時代の宮中でも食されていたと解釈されまするような伝統食品です。
しかしまもなくこの蟹漬文化を支えるカニ捕り自体が途絶えてしまうのではという危機感をもっています。

今回はそんな蟹漬とカニ捕りのことをまとめたいと思います。

目次

  1. シオマネキの生態
  2. 日本一の干満が育てる干潟
  3. シオマネキ捕り
  4. 加工について
  5. 結び

シオマネキの生態

シオマネキとは有明海の干潟に生息するスナガニ科のカニで、日本では有明海とごく限られた地域にしか生息しない準特産種です。
この珍しい蟹は、有明海では「がね」や「真がに」と呼ばれています。
シオマネキの特徴といえば片手のハサミだけが異様に発達していることです。
これはオスだけの特徴で、オスの成体は片方のハサミが甲羅ほどに成長します。

シオマネキの姿

なぜ片腕だけが大きくなるのか。それは干潟でメスを巣穴に呼び込むウェービングと呼ばれる求愛行動をとるためのものだと言われています。
大きい方のハサミを上下に振ってメスにアピールするこの行動が潮を招くように見えることからシオマネキと呼称がつきました。

カニといえば肉食のイメージがありますが、シオマネキは植物食で潮が引いたころ巣穴から出てきて、小さなハサミでせっせと泥を口に運び中に含まれる微小生物や有機質を濾して食べています。
シオマネキの近くには、同じく植物食で干潟の表面についた珪藻を食べるムツゴロウを見つけることができます。
シオマネキは梅雨の時期から秋にかけて干潟で見ることができ、秋を過ぎたころには寒さから逃げるように深い巣穴に潜って冬眠するため、カニ捕りの光景は有明海の夏の風物詩でした。

日本一の干満が育てる干潟

干潟

有明海の生き物たちにとって欠かすことのできない干潟。
その柔らかな粘土質の干潟は、九州にある阿蘇山などの火山によってできた火山灰の台地が何千年という長い年月をかけ川から海へと流れ込んで作られました。
沈泥と呼ばれるシルトや粘土の粒子が海水中のナトリウムイオンと混ざることで相互に吸着・凝縮して懸濁物質となりそれが堆積することで粘土質の干潟が形成されました。
そこに日本一と言われる最大で6mもある干満差。
満潮時には筑後川に代表される河川から流れ込む豊富な栄養が干潟の全体に行きわたり、干潮時には酸素の摂取と光合成を行う環境があることで生き物たちの楽園になりました。
栄養豊富で特殊な環境は、有明海でしか見ることができない特産種(固有種)を数多く育みました。
求愛行動でジャンプする姿が愛らしいムツゴロウや、まるでエイリアンのような凶暴な顔をしたワラスボも、有明海でしか見ることができません。

シオマネキ捕り

さて問題のシオマネキ捕りです。
満潮時には巣穴も干潟も海底に沈んでしまうため、シオマネキが食事のために潟に出てくることがありません。そのため、干潮を挟んだ2時間前後がカニを捕獲するのにむいています。

カニの捕り方には2種類あります。
ひとつは干潟に直接入り込んで、巣穴に手を突っ込み巣の中にいるカニを捕まえる「かち(徒手)捕り」と呼ばれる方法です。

山本國夫氏_かち捕りの姿
かち捕りを実演する山本國夫さん

その様子はこのスクリーンショットの出典でもある2003年9月28日にNHK総合で放送された「たべもの新世紀」に詳しいです(取材協力させていただきました)。
改めて簡単に詳細を述べると・・・。
干潟をよく観察してみるとそこかしこに親指大の穴が空いていることに気づくことができます。これがシオマネキの巣になっています。シオマネキたちはこの巣の中から外に出てきて干潟で食事をしています。
すばしっこいシオマネキですが、巣の中に逃げ込むとかえって逃げ場がありません。
干潟のあちらこちらを歩き回りながら巣の中のシオマネキを捕って回るのです。
しかし干潟が底なし沼のように柔らかいため、歩くというだけでも大変なのです。スイタと呼ばれる杉の一枚板で作った「潟スキー」がないと移動するままならぬ干潟。また葦をかき分けて群生地に入ることにも様々な危険が伴います。

スイタの潟スキー
スイタの潟スキー

そこで異なる方法として、港や岸から3~5mの長い網を使いカニを狙う「網捕り」という方法が昨今では採用されています。

網捕り

捕獲道具は捕る人達それぞれ工夫を凝らして自作していますが、警戒心が強く人の姿を見るとすぐに巣穴に隠れてしまうカニを息を潜めて忍耐強く付け狙うのは同じです。

巣穴とシオマネキ
こんにちは

シオマネキが出てきて油断しているところを一気に掬い取ります。捕獲には熟練の腕が必要なので、慣れないと泥しか入らないハズレとなることもしばしば。

しかし達人ともなればこの通り。
https://twitter.com/yuzukosyou_tkst/status/1290591778584723457
う~んすごい。
達人になると一時間で数十匹捕ることができますが、それでも一匹10gしかない小さなカニですので、量を採るには一日仕事になります。

シオマネキたち
オスの爪は大きいので挟まれないように注意が必要

加工について

こうして捕まえたシオマネキたちですが、加工にもやはり苦労があります。

綺麗な水の中で半日過ごさせることで消化器に残る泥をすべて排出させます。
泥をはかせた後、オスの大きな爪は一本ずつ外しておきます。
これは爪と身は硬さが違うため、爪と身を一緒につぶしてしまうと爪の固さに身が負けて身が粉々になってしまうからです。
そのうえで肛門~消化器の一部を手作業で除去します。ふんどしと呼ばれる部位に(人間の)爪を割り込み、慎重に引き抜きます。
雑味を取り除くためには必要なひと手間です。
そうして分離された身と爪にそれぞれ塩を加えながら石臼と杵で身全体をすり潰し、最低でも2ヶ月以上の熟成工程を経たのち調味を加えて製品とします。

竹下商店ではすり潰しの強度によって2種類の製品を作り分けています。
蟹の爪がハッキリと残る「荒」はガリガリとした食感が特徴。この歯ごたえごとそのままお酒のアテとしてお楽しみください。
もう少ししっかりと潰した「つぶし」は蟹の風味豊かなソースのように使うことができます。冷奴やポテトサラダにちょっと足すことで味変に、もちろんそのままでもお楽しみいただけます。
蟹漬 (荒) 40g 瓶
蟹漬 (つぶし) 40g 瓶

結び

と、このように有明海に暮らすことと蟹漬を楽しむことは非常に密接な距離のものでありました。
万葉集の頃から連綿と漁師や農家さんたちが作っていた蟹漬。
珍味製造業者たちが地元のみならず遠く県外に行商までを行うようになった蟹漬。
そしていま、原料に苦労しながらも日本中からお取り寄せのお声をいただく蟹漬。
時代は進んでもきっと同じ魂のものを食べているのだろうと思います。

取材・原案:久保田翔
文:三木雄太